松田聖子は毒親だった!?神田沙也加との不仲説や確執について調査!

2021年12月19日、神田沙也加さんが高層ビルから転落死というショッキングなニュース、朝から本当に驚きましたね。自殺の可能性もあるという警察の見立てに驚きは深まるばかりです・・・。

更に驚いたのが、神田沙也加さんが亡くなった当日、母親である松田聖子さんの元に訃報が届くのに時間がかかったという情報を目にしました。

神田沙也加さんと松田聖子さんの現在の親子関係が気になってネットを見ていると、松田聖子 毒親」「不仲」「確執というキーワードがズラっと並んでいたので、気になって調査してみました。

目次

「松田聖子毒親」や「不仲・確執」再燃は18日ディナーショー決行にあり

まず、世間の方々が「え!?」と思ったのが、神田沙也加さんが高層ホテルから転落し病院に意識不明で搬送されたのが18日お昼にも関わらず、当日の夜に松田聖子さんのディナーショーが開催されたことにあります。

神田沙也加搬送の知らせが松田聖子にすぐに入らなかった?

神田沙也加さんが亡くなって松田聖子さんのディナーショーなくなったらしいね。 絶縁状態だったから連絡がくるのも遅かったらしい。

Twitter @ElwNHOpsdUpqq7a

ネット上には「神田沙也加と松田聖子が絶縁状態だったから、娘が病院に搬送された一方が母親の元に入るのにタイムラグがあったのでは?」という書き込みが多く見られました。

神田沙也加の搬送を知りながら松田聖子はディナーショー決行した?

https://twitter.com/tomotomo_627/status/1472431292914741252

一報を知りながらディナーショーを開催したとなると、どれだけのプロ根性!と頭が下がる思いです。

他の芸能人でも、親の死を直前で聞かされたけれど舞台やショーをそのまま続行したという話も聞くぐらいですので、もしかしたら、数時間後に開場を控えているショーを急遽ドタキャンするわけにはいかなかったのかも?

神田沙也加の一報をディナーショー後に知らされた?

ショーの前に娘の訃報を知らせてしまうと、動揺して歌えなくなるかもしれないと配慮したスタッフが、ショーが終わってから松田聖子さんに知らせたという可能性もありますよね。

もしこれが本当なら、知らずにショーをやっていたことも後悔しそうです。

松田聖子は毒親って本当?

松田聖子と検索すると「毒親」というキーワードが表示されますが、松田聖子さんは毒親だったのでしょうか?

松田聖子さんが毒親と言われてしまう神田沙也加さんへの接し方や行動を挙げていきます。

  • 林間学校にお供をつけさせた
  • 思春期に義理の父とアメリカで二人きりの生活をさせた
  • ベッドルームでの女を感じさせる写真集を思春期に出した
  • 千葉のド田舎の全寮制の学校に入らされた
  • 母親の度々の再婚や不倫を目の当たりにされた
  • 子育ては祖母に任せきりのネグレクト
  • 仕事や恋愛に忙しく家に帰ってこない

出典元:yahoo知恵袋

これらは余りにも有名な事実のため、ネット上でも以下のような感想を抱く人がたくさんいました。

松田聖子の毒親について世間の声は?

松田聖子さんが毒親かどうかというのは、周りが決めることではなく、一緒に生活してきた神田沙也加さんが決めることです。

ある人にとっては毒親だと思うことも、他の人にとっては毒親とまでは思わないかもしれない。

実際、神田沙也加さんが松田聖子さんのことを毒親と思っていたかは明言していないためわかりませんが、不仲というか疎遠にしていたのは間違いないようです。

神田沙也加と松田聖子の不仲説と確執について

2004年に沙也加さんは年上ミュージシャンである北野正人と交際していたが、聖子が大反対し、近隣住民から通報されるほどの大ゲンカになったとも伝えられた。紅白共演で一度は雪解けしたが、17年に沙也加さんが9歳年上の俳優・村田充と電撃結婚。しかし、聖子は反対の姿勢で再び亀裂が走ったといわれる

yahoo

2015年発売の神田さん初の自著「Dollygirl」では、父・神田正輝とのプライベート写真を多く掲載した一方で、聖子の写真は一枚もなし。17年5月には神田さんは聖子と所属していた芸能事務所・ファンティックから離れ、新しく設立した事務所・ローブへ移籍した。

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村田さんと結婚した際も正輝さんは結婚式に出席したが、聖子さんは出席はおろかコメントも出さなかった。その後は取材などで神田さんに聖子さんについて聞くことは〝NG〟となり、確執は決定的と言われていた

yahoo

このように、神田沙也加さんの方から母親である松田聖子さんとの関りを断っているのがみてとれます。

毒親の章でご紹介したようなことを幼少期から青春期にかけて体験したとあれば、娘は母を反面教師として、自分はああはなりたくない!と強く思う事でしょう。

また、村田充さんとの離婚原因となった「子供を産みたくない」というのも、神田沙也加さんも自分が母親にされてきたような同じ寂しさを我が子に感じさせてしまうかもしれないという恐怖にかられたのだと想像します。

不仲説や確執について世間の声は?

敢えて違う声を拾ってみました。

父親が神田正輝で母親が松田聖子という、2世タレントの中でも超大物を両親に持つ神田沙也加さんは、本当に大変な思いをされてきたのだと思います。

妬み・いじめ・誹謗中傷など様々な心無い声を耳にする機会も多かったことでしょう。

芸能界という特殊な世界で仕事をする両親を持つ娘だからこそ、親として過干渉すぎるところもあったのかもしれません。

ただ、その過干渉が自分のことは棚にあげて!という部分がみえれば子供は反発もします。言われていることの理不尽さに気付く年齢になれば反論もします。

それが時に大きな喧嘩となることもあったでしょうし、自分のことは自分で責任が取れる年齢になってまで親が干渉するようでは、子供は親から離れることは間違いありません。

松田聖子は毒親だった!?神田沙也加との不仲説や確執について調査!まとめ

育児放棄とも取れる行動や、思春期の娘には見せたくないほど自由奔放な恋愛沙汰ゆえに「毒親」と世間からは見られていた松田聖子さん。

ですが、子供が母親を拒絶する絶縁状態が事実だったとしても、お腹を痛めて産んだ我が子を嫌う母親はいません。

昔の数々の毒親行動や確執は真実かもしれませんが、松田聖子さんが今亡き娘・神田沙也加さんに対する愛もまた真実であることに間違いありません。

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